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東京地方裁判所 平成3年(ワ)11851号 判決 1993年5月12日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

一  請求原因1(原告らと被告とのワラント証券取引)及び2(原告らの差損)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そして、《証拠略》によれば、原告らと被告との証券取引は、原告大嶋が昭和六三年三月に被告目黒営業所を訪れて、いきなり鉄建建設株式会社の株式一万株を七七〇万円で買付委託をしたことに始まり、また、原告大房も、かねてから原告大嶋と懇意であつたところから、同年六月頃、原告大嶋から被告目黒営業所の担当者の紹介を受けて、被告目黒営業所との取引を行うようになつたものであつて、当初は株式を中心とした取引であつたが、訴外藤原が原告らの担当者となつた後において、ワラント証券の取引を行うようになつたものであること、原告らと被告との間において平成元年三月から平成三年二月までの間に行われた取引は株式等にも及び、右の間の原告会社の有価証券の買付代金累計は約一億一〇〇〇万円、原告大嶋のそれは約七億八〇〇〇万円、原告大房のそれは約四億円に達するものであること、原告らと被告との間の右の間のワラント証券の取引は、本件各ワラント証券の買付けに限られるものではなく、その詳細は別表二記載のとおりであつて、平成元年九月又は一〇月までに買い付けたワラント証券は、原告会社が平成元年三月一五日に買い付けられたNKKのワラント証券を除いては、いずれも買付価格を上回る価格で売却され、また、その後に買い付けられた二、三のワラント証券も、買付価格を上回る価格で売却されて、原告大嶋においては四二三七万六七七五円の利益を挙げ、原告大房においても一六二七万四三二六円の利益を挙げているものであること、ところで、東京株式市場の市況は、平成二年年初から歴史的な下降局面に突入したが、ワラント証券市況は、その前年の一二月中旬を頂上として平成二年三月中旬まで株式以上の割合で下落し、その後、株式市場の市況の一時的な反発とともに急回復する局面もみられたが、同年六月頃以降再び下落するに至つたことの各事実を認めることができ、したがつて、原告らの本訴請求にかかる本件各ワラント証券は、結局、いずれも、前記のようなワラント証券の市況を背景として、原告らが被告から買い付けたワラント証券のうちその価格が未だ買付価格を下回つているものであることになる。

二  次に、ここで問題となるワラント証券の金融商品としての特質、その取引に伴う危険性等についてみると、《証拠略》によれば、ワラント証券は、新株引受権付社債のうちの社債部分を除いた新株引受権証券部分、すなわち、一定の期間(権利行使期間、通常は新株引受権付社債の発行後数年間)内に一定の価格(権利行使価格)で一定数の新株を引き受けることができる権利を表象した証券部分であつて、分離型新株引受権付社債において社債部分と独立して取引の対象とされるものであること、ワラント証券の価格は、基本的には新株引受権を行使して得られる利益相当額、すなわち、株式の時価と権利行使価格との差額によつて規定される(理論価格としてのパリティ)ものであるが、市場においては、これにプレミアム(将来における株価上昇の期待値)が付加された価格で取引され、したがつて、当該銘柄の市場株価の上下に伴つて上下し、当該株価が権利行使価格を上回ればワラント証券の価格は上昇し、当該株価が権利行使価格を下回ればワラント証券の価格も下落するが、権利行使期間が残存している間は、将来当該株価が上昇する可能性があるとの見通しがある限り、プレミアムが付いて無価値になることはなく、権利行使期間が終了した時点で当該株価が権利行使価格を下回つているとき、または、権利行使期間内においても当該株価が再び権利行使価格を上回ることがないことが確実となつたとき、当該ワラント証券の市場価格も無価値になること、このように、ワラント証券は、当該銘柄の株価の上下によつて株式の数倍の幅で価格が上下し(いわゆるギヤリング効果)、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べて、ハイリスク・ハイリターンな金融商品としての性質を有しているが、他方、投資家の損失額は投資額に限定され、株式の信用取引や先物取引のように預託した資金以上の損失を被ることはないこと、このような分離型新株引受権付社債は、日本企業がユーロ・ドル市場において起債して、専ら同市場において取引されていたが、昭和六一年一月一日以降においては新株引受権証券部分たるワラント証券を日本国内に持ち込んで店頭・相対の取引によつて証券取引の対象とすることが認められるようになり、昭和六三年頃から機関投資家を中心として取引が行われ、平成元年頃以降においては個人投資家を中心として次第に取引規模が拡大していつたものであること、もつとも、既にこのように個人投資家によつてワラント証券取引が行われるようになつた右の頃までには、日刊紙や大衆投資家向けのいわゆるマネー情報誌においても、しばしばワラント証券投資のことが取り上げられ、ワラント証券の仕組や特質、権利行使期間の存在、株価が暴落した場合においてはワラント証券が紙屑となつてしまうおそれがあること、ワラント証券の取引方法などのワラント証券に関するほとんどの知識は、これらの各種媒体を通じて広く一般に流布されていたことの各事実を認めることができる。

三  以上のような前提に立つて、被告の責任の存否について検討すると、先ず、本件におけるワラント証券等の取引に限らず、およそ証券取引は、本来的に危険を伴う取引であつて、証券業者が顧客に提供する情報等も、不確定な要素を含み予測や見通しの域を出ないことが多いのが通常であるから、投資家自身において当該取引の危険性とその危険に耐えるだけの相当の財産的基礎を有するかどうかを自らの判断と責任において行うべきものである(いわゆる自己責任の原則)。しかし、このように証券取引が投資家の自己責任で行われるべきものであるということは、証券会社の行う投資勧誘がいかなるものであつてもよいことを意味するものではなく、証券市況に影響を及ぼす高度に技術化した情報が証券会社等に偏在する一方で、大衆投資家の多数が証券市場に参入している状況下においては、証券取引の専門家としての証券会社の助言等を信頼して証券取引を行う投資家の保護が図られるべきこともいうまでもない。

このようなところから、原告らも指摘するとおり、証券取引法(平成三年法律第九六号による改正前のもの)五〇条一項一号及び五号、「証券会社の健全性の準則等に関する省令」(昭和四〇年一一月五日大蔵省令第六〇号)一条は、証券会社又はその役員若しくは使用人による断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示等を禁止し、また、累次に及ぶ大蔵省証券局長通達及び財団法人日本証券業協会の規則(大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号)、同「株式店頭市場の適正な運営について」(昭和五八年一一月一日蔵証第一四〇四号)、財団法人日本証券業協会規則「店頭における株式の売買その他の取引に関する規則」(公正慣習規則一号)、同「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(公正慣習規則九号)、同「外国証券の取引に関する規則」(公正慣習規則四号))や同協会平成元年四月一日通達(日証協(債)平成元年第五号)等は、信用取引、ワラント証券取引等の受託についてのそれぞれ取引開始基準を定めて、当該基準に適合した顧客から信用取引、ワラント証券の取引等の受託を受けるものとして、投資者の意向と実情に適合した投資勧誘を行うべきもの(いわゆる適合性の原則)とし、あるいは、証券会社は、ワラント証券等にかかる契約を締結しようとするときは、当該顧客に対して、所定の説明書を交付するとともに、ワラント証券等の取引の内容、ワラント証券取引等に伴う危険性等について十分に説明し、顧客の判断と責任において当該取引を行うものであることの確認書を徴求すべきものとしているところである。

もとより、これらの法令、通達、財団法人日本証券業協会規則等は、公法上の取締法規ないしは営業準則としての性質を持つものに過ぎないのであつて、これらの定めに違背した証券会社の顧客に対する投資勧誘等が私法上も直ちに違法となつて、債務不履行又は不法行為を構成するものではないことはいうまでもないけれども、右にみたような証券取引の特質や特殊性に鑑みるとき、証券会社又はその使用人は、投資家に対して、虚偽の情報又は断定的情報等を提供するなどして投資家が当該取引に伴う危険性について正しい認識を形成することを妨げるようなことを回避すべく、また、投資家の投資目的、財産状態及び投資経験等に照らして明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなどして、社会的に相当性を欠く手段又は方法によつて不当に当該取引への投資を勧誘することを回避すべき注意義務があるものというべきであり、証券会社又はその使用人がこれに違背したときは、当該取引の一般的な危険性の程度及びその周知度、投資家の職業、年齢、財産状態及び投資経験、その他の当該取引がなされた特定の具体的状況の如何によつては、私法上も違法なものとなるものというべきであり、右証券会社又はその使用人は、このような違法な投資勧誘に応じて証券会社と当該取引をして損害を被つた投資家に対しては、債務不履行又は不法行為による損害賠償の責任を免れないものと解するのが相当である。

四  これを本件についてみると、先ず、原告らは、訴外藤原からは専らワラント証券の取引によつて確実に多額の利益を得ることができるとの説明を受けたのみで、ワラント証券の内容、価格形成の仕組、権利行使期間の存在等についてはなんらの説明も受けず、また、ワラント証券についての説明書の交付も受けないままに、訴外藤原からワラント証券の取引を勧誘され、これに応じて本件各ワラント証券を買い付けたものであると主張し、証人藤原延木は、平成元年三月以降において、原告大嶋(原告会社代表取締役)及び原告大房に対して、「株価が一割値上がりすれば、ワラント証券は二割ないし三割値上がりするので、同じ買うのであれば、株を買うよりはワラント証券を買つた方が得である。」などと言つたほかは、ワラント証券の内容、価格形成の仕組、権利行使期間の存在等については格別の説明をすることはなく、また、当時既に被告において作成していたワラント証券取引に関するパンフレット(乙第一号証)を交付することもないままに、いくつかの銘柄を提示するなどしてワラント証券の取引を勧誘し、原告らは、これに応じて提示された銘柄の中から選択して、本件各ワラント証券を買い付けたものであると証言し、原告大嶋(原告会社代表者)及び原告大房も、訴外藤原からワラント証券の権利行使期間等について説明を受けたことはなく、平成三年二月頃に至るまでこれを知らなかつたとして、右証言と同趣旨の供述をしている。

もとより、被告の注意義務違背の有無又は責任の存否は、先にみたとおり、このような投資勧誘に際しての一言一句やワラント証券取引に関する説明書の交付の有無といつた一事によつて機械的に決されるべきものではなく、当該取引がなされた具体的事情に照らして判断されるべきことであるけれども、これらの点については、《証拠略》によれば、原告大嶋(原告会社代表取締役)及び原告大房は、訴外藤原のしたワラント証券に関する説明によつて、株式の価格が一割値上がりすれば、当該株式にかかるワラント証券は二割ないし三割の値上がりをする一方で、その逆のことがあり得るものであつて、ワラント証券がハイリターンであると同時にハイリスクな金融商品であることも十分に理解していたものであること、原告らは、原告会社においては平成元年三月一五日付で、原告大嶋においては同年五月一〇日付で、原告大房においては同年八月一七日付で、「被告作成のワラント証券取引に関する説明書(乙第一号証)の内容を理解し、自らの判断と責任においてワラント証券取引を行うものであることを確認する。」との記載のある「ワラント取引に関する確認書」に記名、押印して被告に差し入れていることの各事実が認められ、また、被告又は訴外藤原において顧客にワラント証券の取引を勧誘する場合に、ワラント証券取引の宣伝資料として作成された右説明書を顧客に提示し交付する便宜や必要性があることはあつても、これを秘匿しなければならない理由はおよそ見当たらないことなどに照らすと、証人藤原延木の前記証言並びに原告大嶋(原告会社代表者)及び原告大房の前記各供述は直ちにこれを信用することができず、かえつて、《証拠略》に照らして、訴外藤原は、原告らに対して右説明書を交付したうえで、それぞれ前記各確認書を徴求したものと推認するのが相当である。そして、ワラント証券に関する被告作成の右説明書によれば、ワラント証券の内容及び価格形成の仕組、投資の実際、ワラント証券には権利行使期間があつて、権利行使期間が経過したときには、無価値となることなどが記載されていて、ワラント証券が新しい金融商品であるとはいえ、一般投資家が自己の責任においてワラント証券取引の危険性等を判断するために必要なワラント証券の特質についての必要最少限度の事項は記載されているものということができる。したがつて、被告又は訴外藤原が原告らに対してワラント証券取引についての虚偽の情報又は断定的情報を提供するなどして、原告らがワラント証券取引に伴う危険性について正しい認識を形成することを妨げたものということはできない。

そして、そもそも、原告らが被告から買い付けたワラント証券は、先に説示したとおり、本件各ワラント証券に限られるものではなく、平成元年九月又は一〇月までに買い付けたもの及びその後に買い付けた二、三のワラント証券については、原告会社が平成元年三月一五日に買い付けたNKKのワラント証券を除いて、いずれも既にこれを売却して相当の利益を挙げているのであつて、原告らが本訴において問題としている本件各ワラント証券は、前記NKKのワラント証券を除いては、いずれも右の時点以降に買い付けたものであるところ、《証拠略》によれば、原告らは、右時点までの間、訴外藤原から頻繁に買い受けたワラント証券の市況について電話連絡を受けるなどしてその動向に関心を持ち、別表二記載のとおり、右時点までに買い付けたものについては比較的短期の投資に徹して利益を挙げ、また、極めて多額の資金を投入してワラント証券取引を繰り返していたものであること、原告らは、右時点以降において、買い付けたワラント証券が値下がりしたときには、追加の買付けをしていわゆる難平買いをしているが、これらも、決して長期投資を目的としたものではなく、当該ワラント証券にかかる株式の株価が程なく回復するものとの予想に立つてのハイリターンを狙つた取引であつたことが窺われること、訴外藤原は、これらの取引を通じて、原告大嶋(原告会社代表取締役)と個人的にも懇意になり、むしろ原告らの立場に立つて、ワラント証券取引について助言するなどしていたことの各事実が認められるのであつて、これらの事実によれば、訴外藤原がこの間に原告らに対してワラント証券の内容及び価格形成の仕組、権利行使期間の存在、ワラント証券取引の危険性等について秘匿したり、投資に必要な情報を提供しなかつたとはおよそ考えられず、かえつて、原告らも、少なくとも前記の時点においては、それまでの取引の経験、訴外藤原の助言、当時既に広く一般に流布されていた各種媒体によるワラント証券取引に関する情報等によつて、ワラント証券の取引に精通していたものとさえいうべきである。

さらに、これらの事実に照らすと、原告らが本件各ワラント証券を買い付けたことによつて前記のような多額の損失を被るに至つたのは、原告らがワラント証券取引の危険性等についての十分な知識を持つていなかつたことによるものというよりは、原告らの予想に反して東京株式市場の市況が平成二年年初から先にみたとおり歴史的な下降局面に突入し、その後も容易に回復しなかつたことによるものであり、それがワラント証券の金融商品としてのハイリスク・ハイリターン性によつて増幅された結果であると解することができる。

そして、原告会社は木材の販売等を目的とする株式会社、原告大嶋は原告会社の代表取締役、原告大房は金融業を目的とする株式会社正和の代表取締役であつて、前記のとおり被告との一連の取引によつて示されたように豊富な資金力を有しており、《証拠略》によれば、原告らは、当時ブームとなつたいわゆる「財テク」の一環としてワラント証券取引を行つたものであることが認められるのであるから、ワラント証券の取引が比較的新しいハイリスク・ハイリターンな金融商品であるからといつても、被告又は訴外藤原が原告らに対してワラント証券の取引を勧誘したこと自体が原告らの投資目的、財産状態等に照らして明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘したことになるものということもできない。

したがつて、被告、訴外藤原又はその他の使用人が原告らに対して本件各ワラント証券の買付けを勧誘したことについて、そこに私法上違法というべき義務違反があつたものということはできないから、不法行為又は債務不履行を理由として被告に対して損害賠償を求める原告らの本訴請求は、いずれも失当といわざるを得ない。

五  以上のとおりであるから、原告らの本訴請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条及び九三条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上敬一 裁判官 中山顕裕 裁判官 岡部 豪)

《当事者》

原 告 株式会社 大島

右代表者代表取締役 大嶋 宏 <ほか二名>

原告ら訴訟代理人弁護士 丸山利明 同 和田 衛

被 告 山一証券株式会社

右代表者代表取締役 行平次雄

右訴訟代理人弁護士 岡村 勲 同 椙村寛道 同 高野一郎 同 竹沢一郎 同 京野哲也

右訴訟復代理人弁護士 亀山晴信

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